山口県では概して「栄光の歴史」とみなされがちな長州藩幕末維新史にも、多くの悲劇があった。国司家家臣であった佐々木祥一郎は、幕末、敬愛していた主君信濃を「不忠不義」の罪により藩から自刃させられた。また、自らも明治2~3年にかけて起こった諸隊脱退騒動の首謀者の一人にかつぎあげられ、藩から斬首された。祥一郎の生涯を辿り、「勝者の中の敗者」について探究した令和5年6月の厚南郷土史研究会主催の講演録である。